アトランタ・ファルコンズのチケット価格戦略と経営経済学
現在終盤に差し掛かっているサンディエゴ州立大学スポーツMBAの夏学期には Business Economics 経営経済学の授業があるのですが、課されたレポートの一つにチームの収益と価格戦略を経済学的視点から考察するというものがありました。
英語で書きましたが、興味深いリサーチになったので、レポートの内容を和訳して公開したいと思います。
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レポートの構成:
①イントロ
②収益チャネル・構造
③パッケージ/グループ価格
④価格差別(Price Discrimination)
⑤変動チケット価格
⑥価格弾力性
① イントロ:アトランタ市の経済環境、チームの競合:
アトランタ・ファルコンズはNFLに所属するプロアメリカンフットボールチームで、ジョージア州アトランタに拠点を置く。米大手ホームセンターのホームデポの共同創業者であるアーサー・ブランクがファルコンズのオーナー。2017年国勢調査によると人口486,290人のアメリカで38番目に大きい都市である。
アトランタ市には、ブレーブス(MLB)、ホークス(NBA)、ユナイテッドFC(MLS)とドリーム(WNBA)のメジャープロスポーツチームが存在しており、ファルコンズとシーズン上の大きな重複はなく、直接的な「競合」ではないものの、シーズンチケットに焦点をあてれば、限りある個人の可処分所得を奪い合う関係にはあり、間接的には競合にあたる。
スポーツ以外の競合要素として挙げられるものには、アトランタ市に存在する観光資源があり、ワールド・オブ・コカコーラ、CNN本社のツアー、ドラマシリーズのウォーキング・デッドのゾンビツアーなどがある。またジョージア水族館は2012年まで世界最大を誇った。
アトランタ・ファルコンズとライバル関係にあるチームとして挙げられるのは、同地区のニューオーリンズ・セインツであり、両チームは”Deep South” な南部都市として同時期にNFLに加盟した。本稿ではこのライバル関係が変動価格制(Variable Pricing)において影響を及ぼすかも確認していく。
② 収益チャネル・構造:
NFLチームであるアトランタ・ファルコンズの主な収益チャネルには、リーグからのレベニューシェアリング分配金、スタジアムのネーミングライツ収益、興行収入(観戦チケット、飲食、マーチャンダイジング)などがある。アトランタ・ファルコンズは私企業であり、財務情報は非公開であるため、各収益チャネルを実際の金額レベルに分解することは困難であるが、本稿では手に入る情報をもとに推断していく。
リーグ分配金収益では、NFLが32チームの対象収益を吸い上げた後、32チームに等分配する。グリーンベイ・パッカーズは市民株主がいる公開企業であり財務情報が公開されているため、ファルコンズのリーグ分配金収益はパッカーズのものと同じ金額であるはずだ。本稿リサーチで入手したグリーンベイ・パッカーズの2017年期末アニュアルレポート[3]に寄れば、分配金は$243,978,000 (8/10/2018レートで約270億円)であった。また、フォーブス誌記事 “Sports Money: 2017 NFL Valuations,”[4] によるとファルコンズの2017期末収益は$367M(約406億円)とされ、リーグ分配金収益は66%相当を占める計算だ。
同じ記事によれば、うち$57M(約63億円)がチケット収入に相当し、これは全体の15%にあたる。この$57Mは実際のチケット売上の60%に相当するため(クラブシートなどを除くチケット売上の40%がリーグの分配金の年貢として回収される)実際の売上約$80M(約88億円)であると推察される。この年貢徴収ルールもあり、ファルコンズは年貢徴収の対象外となるクラブシート、ボックススイートを新メルセデスベンツスタジアム建設時に5740→7600、171→190に席数をそれぞれ拡張させた。(Infographic: Mercedes-Benz Stadium v. Georgia Dome, by the numbers)[5] また興味深い点として、アトランタ・ファルコンズでは新メルセデスベンツスタジアムがオープンした2017年シーズンからチーム直販のシングルゲームチケットを一切廃止し、完全シーズンチケット制およびPSL制(Personal Seat License)に移行した。シーズンチケット購入者のチケット再販は認められており、試合ごとにチケットを購入したいファンはticketmasterやStubhubなどの再販マーケットで購入をすることができる。なお完全シーズンチケット制はサンフランシスコ・49ersに続き二例目。
コンセッション収入(飲食売上)はNFLチームにとって重要な興行収入の一部だが、このカテゴリでもファルコンズは斬新な試みを2017年シーズンより開始した。ファルコンズは飲食料金において、ビールが10ドルするいわゆるボッタクリな「スタジアム価格」の価格設定を廃止し、ビールを5ドルで買える良心的な価格設定した「FAN FIRST MENU PRICING」を導入した。(詳細下図)
ファルコンズとメルセデスベンツスタジアムの親会社であるAMBグループのCEOスティーブ・キャノン氏によると、この50%値下げはファンの飲食消費額を16%押上げる効果となった。値下げ分の売上増加に至っていないが、同氏はブルームバーグ誌のインタビュー [7]で、この価格設定によりファンがドーム内に入る時間が10%早くなった他、マーチャンダイジング売上増加にも間接的に寄与したと、良い副作用があったと説明している。
メルセデスベンツスタジアムのネーミングライツ収入は、報道によれば2043年までの26年間で$324M (約360億円)とされており、メルセデスベンツ社最大のマーケティング契約および、スポーツのネーミングライツ史上5番目に大きい契約である。 (Top naming-rights deals) [8] ファルコンズの同地区ライバルであるセインツもメルセデスベンツ社とネーミングライツ契約をしており(メルセデスベンツスーパードーム)10年間の契約残存期間があるが、メルセデスベンツ社の米国本社がニュージャージーからアトランタに移転したこともあり、セインツとのネーミングライツ更新は無いのではと見られている。
③パッケージ/グループ価格:
前述の通り、ファルコンズはシングルチケットの販売を廃止し、全ての席においてシーズンチケットの販売に完全移行した。クラブシートでない席のチケット試合あたり価格は$60から$385であり、これは年間8ホームゲームで$480から$3080に相当する。クラブシートのPSL価格は$10,000から$45,000で、10%の頭金を要し、最大10年ローンを組むことができる。
ファルコンズの公式ホームページに寄れば団体購入による割引は可能であるが、具体的な条件や割引率は明らかにされておらず、営業担当者を付けてもらい調整する必要がある。
④価格差別(Price Discrimination):
ファルコンズのチケットにおける価格差別には、ユースプログラムの団体割引が確認された。地元の少年フットボールチームは割引を受けることができるだけでなくファルコンズの試合後スタジアム内でプレーをすることができるとのこと。米国では何かとみられるミリタリーディスカウントについては2016年をもって中止したようである。2015年のパンフレット情報 [11] によれば、通常55ドルのチケットが35ドルにまで下がるとのことなので、35%以上の割引がユースプログラムの割引によって期待される。
⑤変動チケット価格
スポーツビジネスにおける変動価格制とは、チームの対戦カードやスケジュールの需要の大小によって、同じ席でも違う価格で販売することを差し、通常シーズン前に設定される。MLBで例えると、平日の試合よりも、休日の試合の方が需要が高く、価格も平日の試合より高めに設定される。また、パドレスが他のスター選手がいないチームと対戦するときよりも、スター選手を擁するヤンキースと試合をするときの方が価格が高めに設定される。ファルコンズは前述の通り、完全シーズンチケット制に移行しており、1試合ごとの変動率に分解することは困難であるため、本稿ではセカンダリーマーケット(再販マーケット)である Stubhub の価格情報をもとに変動率を調査した。図2、表3、表4ではファルコンズの対戦相手、日付、試合開始時間、チケットの最安値、最高値、平均値を席のセクションごとにまとめた。略語MNFは全米中継されるマンデーナイトフットボールを差す。表4ではヒートマップ形式に赤に近いほど価格が高く、緑に近いほど安くなることを示している。
想定に反して、同地区の中でもライバル関係の強いとされるセインツのチケットの再販価格平均は他の試合と比較して低い水準に位置された。これはセインツ戦のホームゲームスケジュールがシーズン序盤に組まれたことからシーズン後半の試合と比較して、プレーオフ争いにおける一試合の重みが結果的に軽くなってしまったのではないかと本稿では推察した。一方でMNFの試合にあたるジャイアンツ戦は、想定通りその需要の高さがチケット価格平均の高さとして顕著に表れた。しかしながら、さらに興味深いこととして、MNFよりダラス・カウボーイズ戦がシーズンの平均最高値をつけた。これはカウボーイズがダック・プレスコットやエズィーキエル・エリオットなど若手スター選手を擁し、「アメリカズ・チーム」と表現されるほど全米で人気であることに加えて、ダラスとアトランタの地理的距離の近さ(2時間のフライト、12時間の運転)がダラス圏からの観戦需要の大きさに貢献し、値段になって表れたのではないかとみられる。
⑥ 価格弾力性:
価格弾力性は、ファンがどれだけ価格変動に対して敏感に消費行動を変化させるかを示す。直感的に考えて、チケットはほとんど売り切れてあたりまえとされるNFLチームの試合チケットは、価格非弾力的であると推察できるだろう。本稿の調査では、Fan Cost Index (Rodney Fort’s Sports Economics [12]: 1ファンあたりがチームに使用したお金の推移)という指標の推移をもとに価格弾力性を分析していく。なお、FCIと価格弾力性の一般的な考え方として、FCIに大きな変動がなければ非弾力的であり、変動が大きければ価格弾力的であるという理解である。
図5が示すように2016年までの過去10年間の前年比の推移は-4.27%から14.08%と大きい増減振れ幅となった。予想に反して、FCIとの関連で価格弾力性を評価すれば、ファルコンズのチケットはどちらかというと弾力的であるようだ。しかしながら、赤線を辿って知れるように傾向として健全な上昇傾向にあることから、「高くなっても観戦している」とはいえ、総合的には非弾力的であるとの見方が適切だろう。
次にファルコンズのチケットが完全シーズンチケット制に移行こととコンセンションにおいてFAN FIRST PRICINGになった影響を加味したチケットの価格弾力性について言及したい。まず完全シーズンチケット制に移行した事によりファルコンズのチケットは、「耐久財」かつ「上級財」になったと言えるだろう。低所得者層、中間所得層には手の出しづらい財となった。セカンダリーマーケットでシーズンチケットホルダーのチケットをバラ売りから購入できるとはいえ、通常マージンを乗せて再販されることが多く、ファルコンズのチケットの価格弾力性は増したと考えて適正であろう。席の中でも比較的安価なスタジアムの端っこに位置する3階席やエンドゾーンからのフットボール観戦にあまり適していない角度の席は、ボックススイートやクラブシートなどの高い値段の席に比べて、よりその価格弾力性を増したと推定される。しかし一方で、コンセンションの価格政策は、価格弾力性を下げる方向に作用するだろう。ファン心理に鑑み、飲食代が半額になったのであれば、飲食消費額が実際には16%上昇していたとしても、多少の個別チケットの価格増加は容認され、価格弾力性における影響は大きくなかったと推定できる。これらを結論付けるには、より詳細に各席ゾーンでどれだけ再販市場での値上げが行われたかを具体的に調べ、ファンの飲食代消費額と比較する必要がある。
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以上がレポートでした。楽しんで読んでいただけましたでしょうか。
金額やスタジアムで取られている価格政策を日本のそれと比較すると、まだまだ日本も頑張らなければと思いますが、先行事例はどんどん吸収して当てはめていきたいものですね。あまり日本でのスポーツビジネス動向を最近追えてませんので、もし価格戦略に関して日本のスポーツビジネス情報があれば是非ご遠慮なくコメント欄にて共有ください。
【参考文献】
[1] Atlanta, Georgia Population History 1860 – 2017
https://www.biggestuscities.com/city/atlanta-georgia
https://atlanta.curbed.com/2018/3/23/17154866/atlanta-fastest-growing-metro-area-in-us-country
https://suburbanstats.org/population/georgia/how-many-people-live-in-atlanta
[2] 2016/2017 ANNUAL REPORT: PACKERS STRONG ALL YEAR LONG
[3] Report: NFL teams’ revenue share topped $8 billion in 2017
[4] Forbes Sports Money: 2017 NFL Valuations
https://www.forbes.com/teams/atlanta-falcons/
[5] Infographic: Mercedes-Benz Stadium v. Georgia Dome, by the numbers
[6] In Atlanta, Concessions Prices Go Down and Revenue Goes Up
https://www.nytimes.com/2018/01/25/sports/football/nfl-concessions.html
Cheap food prices won’t help Falcons’ fans who can’t afford PSLs
[7] Atlanta Falcons Broke the Rules of Stadium Food and It Paid Off
[8] Top naming-rights deals
[9] Falcons cut some upper-level PSL prices
The Falcons’ bizarre season-tickets-only strategy is going to price most people out
https://ftw.usatoday.com/2017/07/nfl-falcons-tickets-new-stadium-mercedes-benz-stadium-prices
Falcons announce controversial ticket pricing for new stadium
https://www.wsbtv.com/news/local/falcons-club-seat-psls-10000-45000/54018799
Historically high ticket resale prices for Falcons-Packers at Dome
Inside one of 10 “Centennial Suites,” which costs $350,000 annually. It’s one of 191 suites on site, and that communal table is made of bronzite.
[10] Infographic: Mercedes-Benz Stadium v. Georgia Dome, by the numbers
[11] Youth Program Flyer PDF
https://tickets.atlantafalcons.com/group-tickets/pricing/
[12] Rodney Fort’s Sports Economics
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